会員コラム

”信じてはいけない”ガイドブック

2015-09-24

キジ島という観光地をご存じでしょうか?
「“行ってはいけない”世界遺産」というタイトルのガイドブックにも紹介されています。
遠い、しかも単品だけ!というのが理由です。これはその通りで、フィンランドとの国境に近いロシア・カレリア共和国のオネガ湖に浮かぶ小島です。サンクトペテルブルグから列車で片道5時間。さらに水中翼船で1時間15分かかります。また、現地に着いても帰りの船便の関係で、通常の滞在時間は3時間です。旅の楽しみの一つである“食”はありません。また、北緯62度の位置にあるため、冬は湖が凍結し、島は閉鎖されます。島には、移設された近隣の農家も点在していますが、世界遺産に登録されているのは、ロシア正教の木造教会群です。ロシア正教の教会によく見られるネギ坊主のような屋根が特徴ですが、カラフルな彩色は一切ありません。原木の自然の変化で屋根は銀色に輝き、壁面はこげ茶色になっています。無名の島民が一人で作ったという言い伝えで、真似をされないように設計図は処分されたとされています。信じがたい話ですが、その建築経緯は神秘に包まれています。島の定住者は殆どいないということですが、夏の間だけ、200-300人の研究者等のスタッフが、昔の農村に近い環境で泊まり込んでこの資産の保全やガイド役をしています。水は井戸からくみ上げ、調理は釜土を使うという生活です。当時の村の仕事を再現し、羊毛を糸に紡いだり、教会の屋根の修理材を作る作業もしています。糸作りは、移設された農家の中で、民族衣装を身に着けた若い女性が、毎日9時間も作業しています。また、教会の修理は、1980年から毎年計画的に行っています。今やスタンダードになった某旅行ガイドブックには、この教会について「専門家の誰一人として修理の方法を思いつかない」と書かれています。“百聞は一見に如かず”という言葉を旅のガイドブックに贈りたい。

2015年9月23日
城南支部 松村 正之(WBA副社長)