権力格差と労使関係 1.ホーチミン職業訓練学校のインストラクター

日本の中小企業の社長は往々にして熟練工でもあり、ワーカーと肩を並べて作業をすることもあります。これは、どんな企業文化を表しているのでしょうか?

ベトナムには約1,300の職業訓練学校があります。製造業から、商業までさまざまです。写真はホーチミン市内にある職業訓練校での機械加工の実習風景ですが、講師は日本人のボランティア講師とのことです。たまたま職業訓練校の設備を調査する仕事で訪問した際に遭遇したシーンですが、後刻聞いたところ、講師は日本の中小企業経営者であり、時々日本から出張して教えている、とのことでした。日本の中小企業では社長が職人としても優秀であることは良くあります。例えば私がベトナムの大学で講座を持っていた時に、インターンシップ先として日系の機械加工工場を紹介したことがありました。その際もその日本人社長は、自ら学生に機械操作の手ほどきをしていました。その学生にとっては想定外のことであり、感動したと言っていました

さて、経営者が現場に詳しく往々にして職人としても優秀だ、と言う事は、日本の中小企業では一般的なことであり、好ましいことと思われています。また、新入社員はまずは現場に入り、経験を積むことが必要なことと考えられています。従って、私はベトナムで遭遇した“社長が直接ワーカーを指導している”写真のシーンに何ら違和感はありませんが、ベトナム人にとっては驚くような事です。一般的なベトナム人社長は、製造現場を工場長に任せ、自分は経営に専念するからです。そこで日越の企業文化の差について2つの局面から考察したいと思います。一つは、日越の権力格差の大きさ、二つ目は、雇用関係です。

さて、ホフステードの「多文化世界」(52P表3-1) “76の国と地域における権力格差指標の値”によると、日本のスコアは54点、ベトナムのスコアは70点であり、ベトナムは日本よりも権力格差が大きいとしています。ホフステードによると「権力格差の大きい状況のもとでは上司と部下はたがいを不平等な存在と考えており、労働者は学歴が比較的低く、肉体労働者は事務労働者よりもはるかに地位が低い」としています。ベトナムでは経営者は現場に入らないことが多く、ホフステードの言う権力格差の大きいことの特徴をあらわしていると思います。しかし、ホフステードの研究では、米国やドイツは日本よりも権力格差が小さくなっており、米国やドイツの経営者も主流は製造現場を工場長に任せるタイプです。従って、上記のエピソードを権力格差で説明することは無理がありそうです。

上記のベトナムでのエピソードはもう一つの企業文化の側面として、雇用関係の特徴を表していると思います。具体的には、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用による労使関係の違いです。メンバーシップ型雇用の下では、社員は広い意味で家族の一員であり、就職ではなく就社をし、暗黙のうちに終身雇用が期待されています。メンバーシップ型雇用の日本では、新人に社内のジョブローテーションで会社の業務全般を理解してもらい、適材適所を旨とするものの、会社都合で自由に配置転換を行います。そのかわり、終身雇用に努めます。社長は家族の長であり、中小企業であれば、直接仕事を教えることの労を厭う事はありません。社長は必ずしも作業の熟練者であるとはかぎりませんが、家族の長として社員に接することが良しとされています。しかし、ジョブ型雇用主体のベトナムでは、社員は一般的に職業を選んだのであり、会社を選んだのではありません。そして転勤を繰り返しながらキャリアを築き、昇給を実現します。また、社長は一般に会社経営が仕事であり、現場作業をすることではありません。

 メンバーシップ雇用とジョブ型雇用の労使関係上の特徴は、象徴的に言うと、前者は人を評価するものであり、後者は仕事を評価するというものです。人を評価するか仕事を評価するかは、その時代の経済環境により時間をかけて変化するものです。例えば、共産主義時代のソ連では厳密に職業が定義され、職種により労賃も決まっていましたが、現在のロシアでは、人を評価する企業も増えてきました。

 この労使関係という企業文化は、国家と言う壁を乗り越えて「政治・経済・社会的要因」に起因するものであり、国家別に分類したホフステードの6次元モデルや、エリン・メイヤーのカルチャーマップには表れていない特徴と思われます。また、グローバルに考えると、ベトナムがスタンダードであり、日本は特殊な国と言えると思います。

中小企業診断士 松村正之

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