スリランカの鉄道に乗って、この“光り輝く島”(スリ・ランカの意味)の中部を移動していた時のことですが、ドーンという衝撃と共に列車が停車、何事かと思っていると周囲の乗客もガヤガヤと騒ぎ始めました。窓から顔を出して後ろをのぞいてみると、車が列車に突っ込んでボンネットがつぶれています。

これはもう当分列車が復旧する見込みはなさそうなので、今日一日の貴重な予定は全てダメになったなと落胆していたのですが、そのうち乗客も加わって車を後ろに「せーの」と引っ張りはじめ、おそらく30分程度だったと思うのですが、列車は無事そのまま運行を再開しました。幸い、大きなけが人もでなかったようです。
当分科会研究の大きな拠りどころとなっているホフステードの6次元モデルには、「権力格差」、「集団主義/個人主義」、「女性性/男性性」、「不確実性の回避」、「短期志向/長期志向」、「人生の楽しみ方」という6つの指標があり、それぞれにおいて各国のポイントが0から100の定量的な数字によって示されています。
今回は4つ目の「不確実性の回避(UAI)」に注目したいのですが、そのきっかけは、各国のこの指標のポイントを俯瞰していると、どうも点数の高い国が多そうだということに気付いたことです。不確実性の回避傾向が強い国ほど数値が大きいのですが、90点台の国がざらにあります。
ちなみにわが日本も92点でこの傾向が非常に強い国として認められており、我々自身、その点にあまり異論はないのではないでしょうか。将来起こり得る不測の事態に対して可能な限りあらゆる対策を施しておこうというのが日本人の生活やビジネスの進め方の根底にあると言って良いと思います。
さて、世界ではこのUAIのポイントが高い国が多そうだという仮説を確かめるのは多少手間ですが簡単で、平均点を出してみればわかります。その結果、この6次元モデルに掲載されている世界101か国のUAIの平均は、64点でした。つまり、人類はどちらかというと「不確実性を嫌がる」生き物だということが言えるのではないでしょうか。
ただ、そのこと自体に不思議は全くありません。あらゆる生命が生存を図ろうとする場合には、物事が形式に則って万事予定通り確実に進む方が当然のことながら生存率は高まります。次の刹那には空からの天敵についばまれて命を落とすような状況を、人間はその知能によって防いできたとも言えるでしょう。人類が不確実性を嫌がるのは無理からぬことのはずです。
6次元モデルの他の指標は、洋の東西で割と傾向がはっきりしていたりすることがあるのですが、このUAIの指標にはそれはなさそうです。東にも西にも、ポイントの高い国と低い国があるのは、この指標の面白いところだとも思います。
さて話をすすめますが、日本のような不確実性を非常に嫌がる社会では、その回避のために多くの前例や枠組み、制度を必要とし、少々息苦しい生き方をしていませんか、と日々感じることがあるのですが、いかがでしょうか。日々の通勤列車に乗っていても、踏切内にちょっと不審があるだけでも電車は止まってしまい、数珠つなぎになって後続の列車も10分15分と遅れてイライラした経験は誰しもあるはずです。
上述のスリランカはUAIのポイントが45となっており、イギリスの35と比べれば高いですが、平均から考えればやはりかなり低い方でしょう。なおスリランカの際立ったポイントは男性性/女性性の項目で、10ポイントという極めて女性性の高い(男性性の低い)文化とされています。仕事での成功を目指すより、皆で仲良く福祉共同体的社会を目指す文化です。この2つの特性が活きてくると、列車事故であってもかくも柔軟に対応できてしまうのかもしれません。

我々日本社会は、高い不確実性の回避を期することによって、確実に定刻通り到着する鉄道に象徴されるように、極めて効率的な社会、ビジネス環境を築いており、その恩恵も受けています。したがって、列車と車が衝突しても短時間で回復できるスリランカのような柔軟性を持つべきとまでは言いません。
しかし、社会があまりにも不確実性を気にすることによるデメリットも、今回のミーティングで討議されました。代表的な意見としては、
・不確実性を嫌がる→人々が不安になりやすくなる→幸福度が下がる
・不確実性を嫌がる→技術開発・発展のスピードが遅くなる→ライバル国に負ける
といったものが挙げられました。いずれも、異論の余地はほぼないかと思われます。
我々は不確実性の回避によって得られる快適性と、そのおかげで失われている柔軟性、楽観性のバランスを少し考えて始めてみる時期に来ているような気がします。
最後にもう一つ似たような事例を挙げますが、線路上で人々が市場を開いていて、列車が近づくとわずか数分で店をたたんで、通り過ぎるとわずか数秒?で営業再開するタイの鉄道を見聞きしたことがありませんでしょうか。「世界一危険な市場」などと言われて観光名所になってしまっているあの駅です。
「タイ メークロン駅」で検索してもらえれば多数の動画が出てきます。
人も物もスレスレの狭いところを列車は通っていきますが、もはや日常なのでしょうけれど、多少ぶつかったり踏んづけたりしたくらいでは列車は止まらなそうですね(想像ですが)。それでも問題なく、人々は賑やかに和やかに暮らしているように見えます。
そのくらいの方が人間らしいというか、少なくとも人間はそれでも生きていけるのですから。
中小企業診断士 中原健一郎
